たすけて、と伸ばされた手を掴んだ。
晒された手を引いて、続いて胸に飛び込んできた身体を受け止めたとき、この薄暗い路地の外から複数の怒号が飛んだ。
追われている、という状況は聞くまでもなかった。
見下ろした身体は震えていた。
最初は女かと思ったが押し付けられた身体の薄さはそれとは違う。
少し長い髪は抜けるように透けたプラチナブロンド。
俯いて顔は見えなかった。
反面、シャツから覗く肌は青痣や切り傷が目立っていた。
 
「助けて、助けてください」
 
それらに混じって肌に浮く、赤い跡や歯形も見逃さなかった。
そこから猥雑な想像は難しくない。
いくら規制され、表面上は目に映らずとも水面の下では少なからずそういうものが蠢いている。
ましてやこの街は治外法権と言っても過言ではない。
身を寄せ合う弱者を笑顔の強者がフォークでつついて咀嚼する、そんな劣悪な環境。
荒々しい声は段々と近づいてくる。
この眼前の男も食われる。
自分が助けなければ。
 
「普通なら、ほかすわなあ」
 
今以外の自分や、ギン以外のだれかだったなら確実に助けなどしない。
腕の中の身体が、ふるりと反応する。
けれども何を思ったのかギンは差し出された手を取ってしまった。
くつくつとギンは喉を鳴らす。
 
「ええよ、助けたろ」
 
責任感か気まぐれか。
 
「その代わり、きみ、ボクのもんになり」
 
ああ、ギンを見上げた面が好みの作りをしていたことも理由のひとつかも知れない。
やがて無粋な輩がとても耳障りな音を立てながら死にに来た。

 
運が無い、と最後の一人は呟いて事切れた。
せやな、と口には出さずギンは同意した。
周りに倒れた死体らは揃いも揃って不運である。
そんなつもりもなかったのに、よりによってこの市丸ギンを敵に回してしまうだなんて。
何処ぞのマフィア一組を相手するよりも質が悪いとは誰が言った陰口だったか。
 
「これでええ?」
「あ……は、はい」
「ほんで?きみ名前はなんてゆうん?」
「イ……イヅル、です」
「なんや、かいらしい名前やね。ボクは市丸ギン」
「え……っ!」
「ボクなあ、イヅルに一目惚れしてもたみたいなんや」
 
にまっ、と笑んで落とした口付けは触れ合うだけの可愛らしいもの。
それなのにイヅルの頬は一瞬で綺麗に染まる。
ええもん拾った、とギンは満悦を顔に浮かべた。
 
「さて。どないな風に可愛がったろ」
 
そんなギンの手中に落ちたイヅルも運の尽き。
尽いたのは不運か幸運か。
それはまだ誰にも分からない。

(20120324.)
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